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創の試練と成長、そしてその先に待つ希望 小説『沈まぬ夜の小舟』感想【ネタバレあり】

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今回は、BL小説『沈まぬ夜の小舟』の感想をお届けします。本作は、埼玉に遊びに行った際、本屋でたまたま見かけた一冊。その場では購入を迷ったものの、後からどうしても気になり、最終的にAmazonで取り寄せました。

中庭みかな先生が紡ぐ、珠玉の物語

『沈まぬ夜の小舟』は、中庭みかな先生によるBL小説で、幻冬舎コミックスから上下巻として刊行されています。さらに、電子書籍限定で後日談が配信されており、書籍購入特典としてショートストーリーも編集部のブログから読むことができます。本作はもともと作者が趣味で運営していたウェブサイトに掲載されていた作品が商業出版されたものです。今回の感想記事では、上下巻に加えて電子限定の後日談や特典ショートストーリーもすべて読んだ上での内容をお届けします。

居場所を失った少年、創の物語

高校2年生の創は、両親の離婚後に母親と暮らしていましたが、母が再婚直前に亡くなり、突然居場所を失います。実の父親の家も、母の恋人の家も頼れず、一人で生活を続ける中、母が入院していた病院で清掃員のバイトやコンビニバイトを掛け持ちし、生計を立てる一方、住む場所を確保するために資金を貯めるべく、時には男性相手に体を売ることもありました(ただし本番行為はなし)。創は母が入院していた時に出会った麻酔科医・高野に思いを寄せていましたが、あるきっかけで、高野とその後輩の外科医・瀬越の家に身を寄せることになります。創は2人の家を行き来しながら暮らし、次第に安定した生活を取り戻していきます。居場所を失った少年と医師たちが織りなす複雑な関係が描かれる物語です。

苦難の連続、それでも懸命に生きる創

主人公・創の境遇は、物語の冒頭から悲惨そのものです。両親の離婚、母親の死、頼るべき場所の喪失といった重い現実に直面しながらも、少しでも良い人間であろうと懸命に生きる彼の健気さと純粋さが胸に響きます。その一方で、物語は創に次々と降りかかる試練で目を離せません。清掃員の同僚からと思われる嫌がらせ、コンビニバイトでの濡れ衣、男娼時の常連客・東による付きまといなど、トラブルが絶えず、彼の苦悩が際立ちます。それでも、高野や瀬越と一緒にいるときの温かい描写が、創にとっての束の間の救いとなっています。創が過酷な境遇ゆえに彼らの好意を素直に受け入れられない気持ちは理解できますが、それでも優しい時間が少しでも長く続いてほしいと願わずにはいられませんでした。

創の精神年齢に違和感? リアリティが薄れる後半の描写

ここから先、核心的なネタバレを含みますので、苦手な方は読み飛ばしてください。

怒涛の展開で物語に惹きつけられた上巻でしたが、後半になるにつれ気になる点も出てきました。その一つが、主人公・創の精神年齢です。上巻のラストで、創は手術ミスの濡れ衣を着せられた瀬越にレイプされるという衝撃的な展開を迎えますが、後日、瀬越からのメールをきっかけに再び彼の部屋を訪れ、またレイプされてしまいます。この状況下で、自分を傷つけた相手の部屋に一人で向かう選択は、高校2年生なら現実的にしないのではないかと違和感を覚えました。

また、他人の好意を素直に受け取らない創の姿勢にも不自然さを感じました。前半の段落で触れた通り、創が過酷な境遇ゆえに人の善意を歪んで解釈するのは理解できますが、後半ではその描写がしつこく感じられます。一方で、瀬越からレイプ中に投げかけられる悪意ある言葉の意図は正確に理解しており、そのギャップにキャラクター描写の一貫性のなさを感じました。

さらに、物語の転機となる睡眠薬を大量に服用するシーンでは、創が「冬眠して春から頑張るため」と語る動機に驚かされました。高校生が睡眠薬を大量に飲むリスクを知らないとは思えず、この展開には説得力を欠くと感じました。加えて、ショートストーリーで「奔放」を「ぽんぽこ」と勘違いするエピソードなどから、創は小学生程度の精神年齢で止まっているのではと思わせられる描写もありました。これらの点が、後半の展開をやや残念に感じさせる要因でした。

創の試練を曇らせた悪役たちの善人ムーブ

終盤で描かれる悪役たちの「実はいい人だった」という展開には、正直大きな違和感を覚えました。瀬越、創の父、売春の斡旋人・ナルミといったキャラクターが善人としての一面を見せることで、それまでの物語の構造が揺らいでしまうように感じます。特に、今作では悪役たちがいることで創の純粋さや健気さが際立ち、それに手を差し伸べる高野の優しさがより印象的に映えるというバランスが保たれていました。しかし、その悪役たちが「実はそんなに悪い人ではなかった」となると、創が体験した数々の悲惨な出来事が「避けられたかもしれない」と感じられてしまい、物語への感情移入が難しくなってしまいます。 特に瀬越に関しては、完全に性犯罪者として描かれたキャラクターであり、彼が救済される展開には納得がいきません。悪役に救いがあること自体は時として感動的ですが、瀬越の場合、その行為の重大さを考えると救われること自体が不自然に思えます。彼と創、高野との関係が続く未来を想像することは難しく、瀬越は物語の途中で完全に退場し、以降は関わらないという展開のほうが現実味があったのではないでしょうか。 さらに、本編以外の短編の多くが瀬越に関連した話で占められている点も、物語のバランスを欠いている印象を強めます。創の父親との和解や大学進学など、読者がもっと知りたいと思うエピソードが他にたくさんあるはずです。それらを差し置いて瀬越救済の描写が多いことには、少なからず不満を覚えました。物語全体を通して、創の苦しみや成長をより深く描くためにも、悪役たちの描き方について再考の余地があったと感じます。

 

物語全体を通して、創の試練や成長が描かれており、彼の健気さや純粋さが心に残ります。特に、物語の前半は目を離せない展開が続き、創と高野、瀬越の関係性が複雑に絡み合う中で、どんどん引き込まれていきました。上下巻を含め、特に上巻は一気に読み切ってしまうほどでした。登場人物たちの感情の揺れ動きや、切なさが胸に響く瞬間も多く、物語に没入する楽しさがありました。 もちろん、後半には気になる点や批判的な要素も存在しますが、それでも創の成長とその後の展開を追い続けたいという気持ちが強く、物語全体を通しての魅力を感じました。物語の中で描かれた創の苦悩や、その先に待つ希望に触れ、読後感としてはやはり感動が残ります。全体として非常に引き込まれる作品であり、読んで損はないと思います。

 

評価

ストーリー:★★★★☆

キャラクター:★★★★★

読みやすさ:★★★★☆

エロ度:★★★★★

メッセージ性:★★★★☆

 

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